カメの生態学

在来種と外来種間に見られる棲み分け様の分布様式


淡水性カメ類は一つの水系内に複数種が共存することが知られています。ある水系の上流や下流で複数種が棲み分ける場合もあれば、同じ区間に複数種が同所的に共存する場合もあります。日本に生息するカメ類では、在来種のニホンイシガメは河川の上流部や中流部といった丘陵地的な環境を中心に分布する一方で、外来種のクサガメやミシシッピアカミミガメは溜池や河川の下流部といった平地的な環境を中心に分布します(加賀山, 2019; Kagayama et al., 2020)。

 

現在、カメ類3種に見られる棲み分け様の分布様式に関して、在来種が丘陵地まで分布域を拡大させた一方で、外来種の分布域が平地に限定される原因や在来種と外来種が共存する(ともに高密度で生息する)環境が少ない原因を明らかにする研究に取り組んでいます。具体的には、環境要求性の違い(Kagayama et al., 2020; 加賀山, 2021)や種間相互作用(資源競争、繁殖干渉など)を明らかにする研究に取り組み、棲み分け様の分布パターンが形成されたプロセスを復元(解明)していきます。

 

最近は、ニホンイシガメとクサガメ(Kagayama et al., in prep)、クサガメとミシシッピアカミミガメ(加賀山他, 2023)等の種間相互作用に関する研究を進めています。

Recent works


Kagayama, S and XXXin prepExploring the primary drivers and relative importance shaping the different spatial distribution patterns among native and alien freshwater turtles in Japan.

 

加賀山翔一#,・吉野英雄・八木幸市・田中一行・笠原孝夫・對馬浩二・五味真人・今津健志・小賀野大一#. 2023. 長期標識再捕獲調査から探る外来カメ類2種の個体群動態と種間相互作用. 爬虫両棲類学会報 2023(2): 151-164.

 

Kagayama, S., Ogano, D., Taniguchi, M., Mine, K., Ueno, S., Takahashi, H, Kamezaki, N and Hasegawa, M. 2020. Species Distribution Modeling Provides New Insights into Different Spatial Distribution Patterns among Native and Alien Freshwater Turtles in JapanCurrent Herpetology 39: 147-159.

 

加賀山翔一. 2019. 養老川流域における淡水性カメ類の分布様式爬虫両棲類学会報 2019: 41-49.

 

加賀山翔一・小賀野大一・長谷川雅美. 2017. 千葉県における淡水性カメ類の垂直分布爬虫両棲類学会報 2017: 156-161. 


長寿命生物の生活史戦略と個体群動態


野生生物の保全や防除対策を検討する上で、対象種の生活史戦略の解明や個体群動態に影響する要因の特定は必須な課題です。多くのカメ類は卵から幼体の時期の生存率が非常に低い一方で、成体になると主要な捕食者がいなくなるため、生存率が劇的に高くなります。これに加え、寿命の長い成体が一生の間に複数回の産卵を行うことで多くの子孫を残すことができるため、個体群が維持されていると考えられています(long-lived iteroparous speciesと呼ばれます)。しかし、日本に生息するカメ類を対象に個体群生態学的な研究を行った事例はあまり報告されていません。

 

現在、広域分布種であるニホンイシガメ(本州、四国、九州及び周辺島嶼の平野から山間部に生息する日本固有種)を対象に、異なる生息環境(河川, 溜池, 湿地など)や捕食者相の地域において、生存率(Kagayama, 2022)や産卵数などの生活史形質、成長過程(Kagayama, 2020; 加賀山・西堀, 2021)や個体数の年変動(Kagayama et al., 2021, in prep)などの地理的変異を調査し、生活史戦略や個体群動態に影響する要因を明らかにする研究に取り組んでいます。得られた結果をもとに、具体的な保全対策を提案していきます。

 

外来種であるクサガメやミシシッピアカミミガメに関しても同様の研究を進め、ニホンイシガメと外来種の生活史戦略を比較するとともに、外来種の適切な防除対策を提案していきます。

Recent works


Kagayama, S., XXX, …., and XXX., in prep. Heading for local extinction: 30-years capture-recapture study reveals drastic decline and population collapses of an endangered freshwater turtle in eastern Japan.

 

Kagayama, S*., Nishibori, T., Uenoyama, N., Kume, T. and Tada, N. in press. Population dynamics of the Japanese pond turtles (Mauremys japonica) in a Ramsar wetland conserved from primary anthropogenic negative disturbances in JapanCurrent Herpetology X(X): XXX-XXX.

 

Kagayama, S2022Life History Stage and Sex-specific Survival Rates for the Japanese Pond Turtle, Mauremys japonica, in the Foothill Region of Chiba Prefecture, JapanCurrent Herpetology 41: 138-146.

 

Kagayama, S., Shimofuji, A., Ohtake, K., Shishikura, S., Ogano, D. and Hasegawa, M. 2021. Changes in Population Structure of the Freshwater Turtle Mauremys japonica Following the Invasion of Feral Raccoon Procyon lotor in the Southern Tip of the Boso Peninsula, Japan. Current Herpetology 40: 22-39.

 

Kagayama, S2020. Geographic Variation in the Growth of Japanese Pond Turtles, Mauremys japonica, in the Flatland and Mountain Regions of Chiba Prefecture, Japan. Current Herpetology 39: 87-97.


主要な減少要因の把握と生息域内保全への取り組み


近年、世界規模でカメ類の急激な減少や局所個体群の絶滅が生じています。その原因として、生息環境の消失・劣化、外来種の侵入や商業目的の乱獲等による影響があげられています。日本では、河川改修、外来カメ類との種間競争や繁殖干渉、外来捕食者による捕食、商業目的の乱獲などが主要因として指摘されています。しかしながら、これら複数存在する減少要因の中で、どの要因が相対的に重大な影響を与えているかは明らかにされておらず、カメ類の回復を目的とした保全対策はあまり進められていません。

 

現在、様々な人為的要因により減少するニホンイシガメをモデルとして、在来種を減少させる主要因の特定(Kagayama et al., 2021, submitted)、それら要因間の関係性と相対的な重要性を評価する研究に取り組んでいます。得られた結果をもとに、適切な保全対策を提案・実施していきます。将来的に、ニホンイシガメを環境収容力まで回復させることが目標です。

Recent works


Kagayama, S and XXXin prepExploring the primary drivers and relative importance shaping the different spatial distribution patterns among native and alien freshwater turtles in Japan.

 

Kagayama, S, XXX and XXX. in prep. Removal of Closely Related Alien Species and Hybrids Increased the Population of an Endangered Freshwater Turtle with Slow Life-History Strategies in a Ramsar Wetland in Japan.

 

加賀山翔一・小賀野大一. 印刷中. 日本における淡水性カメ類の減少要因とその出現過程. 爬虫両棲類学会報 X: XXX-XXX.

 

Kagayama, S., Shimofuji, A., Ohtake, K., Shishikura, S., Ogano, D. and Hasegawa, M. 2021. Changes in Population Structure of the Freshwater Turtle Mauremys japonica Following the Invasion of Feral Raccoon Procyon lotor in the Southern Tip of the Boso Peninsula, Japan. Current Herpetology 40: 22-39.


生息状況の全体像把握と保全区域の優先順位付け


分布域の広い野生生物の保全や防除対策を実施する際に、広大な分布域全体を対象にすることは多大な労力と経費がかかる点から非常に困難です。そこで、いくつかの条件を設けて優先的に対策を実施する地域(優先区域)を絞り込むこみ、それらの地域に予算と労力を集約することが現実的です. 

 

そこで、日本広域に分布する淡水性カメ類を対象に、種分布モデルと地理情報システムを用いて分布や個体数に影響を与える環境要因の推定と、未調査地域を含めた広範囲での生息確率や生息密度を予測(地図化)する研究に取り組んでいます。得られた結果をもとに、保全上重要なカメ類の生息域を抽出し、優先的に対策を実施すべき地域の選定や提案を進めていきます。

 

現在、千葉県を対象にしたカメ類の生息地予測を実施し、優先的に保全する必要のあるニホンイシガメの生息地の選定を進めています。具体的には、カメ類3種で重複する生息地を広域的に予測し(Kagayama et al., 2020; 加賀山, 2021)、優先的に外来種を取り除く必要のあるニホンイシガメの生息地を探っています。

Recent works


加賀山翔一. 2021. 在来種ニホンイシガメと外来種クサガメ・ミシシッピアカミミガメの分布予測に基づく保全と防除対策の検討爬虫両棲類学会報 2021(2) : 123-136.

 

Kagayama, S., Ogano, D., Taniguchi, M., Mine, K., Ueno, S., Takahashi, H., Kamezaki, N. and Hasegawa, M. 2020. Species Distribution Modeling Provides New Insights into Different Spatial Distribution Patterns among Native and Alien Freshwater Turtles in JapanCurrent Herpetology 39: 147-159.


淡水生態系における機能と環境指標種としての有用性


淡水生態系におけるカメ類の現存量は非常に高く、高次捕食者、餌生物、種子散布者や腐肉食動物等の様々な機能、隣接する水田での生物学的コントロール(害虫等の捕食)等の生態系サービスを担っていると考えられています。また、産卵、体温調節や採餌のために陸域環境を頻繁に利用することから、水域ー陸域間の連続性を指標する環境指標種としての有用性が指摘されています。

 

日本には、在来種のニホンイシガメ、リュウキュウヤマガメ、ヤエヤマセマルハコガメ、ヤエヤマイシガメ、ニホンスッポン、外来種のクサガメ、ミシシッピアカミミガメ、カミツキガメ、チュウゴクスッポン等が生息していますが、淡水生態系での機能・生態系サービスやそれら機能の種間比較、環境指標種としての有用性に関する研究はほとんど進められていません。

 

現在、日本に生息するカメ類を対象に餌生物(加賀山・小賀野, 2021)や高次捕食者、腐肉食動物(加賀山, 2020)としての機能、生息地選択(加賀山, 2019, 2021)等に関する基礎的な研究に取り組んでいます。 

Recent works


Kagayama, S., Nishibori, T. and Tada, N. 2022. MAUREMYS JAPONICA (Japanese Pond Turtle). DIETHerpetological Review 53(4) : 671.

 

加賀山翔一・小賀野大一. 2021. 日本に生息する淡水性カメ類の捕食者に関する文献調査. 爬虫両棲類学会報 2021: 36-43.

 

加賀山翔一. 2020. ミシシッピアカミミガメによるコイ科魚類の死骸の摂食事例. 千葉生物誌 70(2): 42-43. 関連動画.

 

加賀山翔一. 2020. 湿地生態系におけるニホンイシガメの役割と保全すべき理由の整理亀楽 19 : 8-12. 


越冬生態の解明と好適な越冬環境の創出

カメ類の多くは冬季の凍結、乾燥、水中内での無酸素状態等の生理的条件(非生物的要因)、哺乳類等の捕食者による影響(生物的要因)を受けて死亡率が高まるため、適切な越冬環境の選択は生存上非常に重要です。しかし、日本に生息するカメ類を対象に越冬環境を定量的に評価した研究は少なく、越冬生態に関する基礎情報は不足しています。

 

これまで、日本各地で河川改修が行われてきましたが、カメ類に配慮した工事が実施されることは稀でした。そのため、川岸や底面がコンクリートに改変されることにより、カメ類が隠れ家や越冬場所として利用する微環境が消失し、各地で個体数が減少していきました。そこで、私はカメ類の越冬環境を詳細に調べ、冬季の死亡率を低下させる上で必須となる環境要因を明らかにする研究に取り組んでいます。

 

現在、越冬個体がアライグマに食い殺されるニホンイシガメを対象に、身近なバラ類がアライグマからの捕食を防ぐ隠れ家(越冬場所)として機能しているかについて調べています(Kagayama et al., 2022)。得られた結果をもとに、カメ類の好適な越冬環境を創出する保全対策を実施するとともに、カメ類にも配慮した河川改修の在り方を提案していきます。

Recent works


加賀山翔一・XXX・XXX・XXX・XXX・XXX・XXX. 投稿準備中. 外来哺乳類が侵入した細流に残存するニホンイシガメの越冬環境と個体群動態.

 

Kagayama, S., Kobayashi, R., Kondo, M., Ozaki, M., Matsumoto, K. and Nishibori, T. 2022. MAUREMYS JAPONICA (Japanese Pond Turtle). OVERWINTERING SITEHerpetological Review 53(1) : 123-124.


性的二形と外部形態の環境傾度に沿った地理的変異

多くのカメ類には性的二形が見られます。オスの方が大きくなる種、メスの方が大きくなる種、大きさは変わらないがオスの腹甲がへこむ種、オスが派手な体色になる種等、様々なタイプが見られます。

 

日本広域に分布するニホンイシガメはメスの方が大きくなるタイプの性的二形を示しますが、オスとメスのサイズ差には大きな地理的変異が見られます。経験的には平野部の個体群に比べ、丘陵地の個体群の方が性的二形の差が大きいと言われています(Kagayama, 2020; 加賀山・西堀, 2021)。

 

現在、ニホンイシガメの分布域を網羅するような広範囲を対象に(南限から北限、平野部から丘陵地)、雌雄の成長過程や外部形態の地理的変異の評価・比較に取り組んでいます。

Recent works



進行中・展開予定のテーマ


 

  • 種分布モデルを用いたカメ類の基本ニッチ・実現ニッチの地図化と比較

 

  • 獣害対策の柵がカメ類の移動、生存、繁殖に与える影響の評価

 

  • 気候変動に伴う豪雨の頻発化がカメ類の移動分散と生存に与える影響の評価